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史跡と伝説をたずねて(その2) 尚巴志の祖先


 伊平屋島では尚巴志の祖父の佐銘川大主(うふぬし)が生まれた屋敷跡を見るのを期待していたが、そこは道幅が狭くバスが通れないということで通過し、佐銘川大主の父親の屋藏大主の墓を見学した。

伊平屋観光ガイドマップから12 屋蔵墓をクリック。

 尚巴志王統の系図によると屋藏大主というのは、今から七百年位前の人物である。当時島尻では後の南山王に当たる大里按司のころ、兄弟間で争いがあり、上与座按司は兄の大里按司に殺害されるという事件があった。

 上与座按司の子は身の危険を恐れて名を隠し伊平屋島の我喜屋に逃れ、そこで我喜屋の神職阿部加那志を妻にむかえた。

 彼は耕作に励み屋藏大主になったと伝えられている。
 
 伝説によると屋藏大主は伊平屋でよく働き、穀物の貯蔵は増え、飢饉には島人に分け与え、屋藏大主と称されるようになり、長男の佐銘川大主を伊是名城主にした。

 ところが佐銘川大主が十六歳のとき屋藏大主は死亡し、まもなく母も亡くなると島人は佐銘川大主の穀倉を襲う計画があったと伝えられている。

 そのことを聞いた佐銘川大主は危険を察して伊平屋島から追われるように逃げて、父の故郷、大里に近い佐敷に行き、そこで定住した。




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