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沖縄と琉球 (その2)陳侃の報告書


 陳侃(ちんかん)が特に注目したのは、隋書で見られる戦を好み戦死者を食する風習や、髑髏(どくろ)を王の居所の崖下に集めて飾るなどについて、

「すべて誤りであり、あやまり伝えられたことが、更にあやまって記載されている。」と述べ、

琉球に関する諸書の記述内容は、誤りであることを指摘するために「群書質異」は書かれた、と、その動機を使琉球録で明記し、皇帝に報告書を提出した。

また、澎湖島の近くにある琉球とは、小琉球(台湾)であり、大琉球(沖縄)でないことも指摘している。

 沖縄は大琉球と呼ばれていたようだ。それは察度以来、歴代の琉球国王は、中国に進貢していたため、琉球国(沖縄)は大琉球として、台湾は小琉球として区別されていたものと思われる。

 陳侃は「琉球の風俗は、素朴でまごごろがあり、民は貧しくつつましい。」と述べ、礼儀を重んじる国であることを伝えた。

 そして「王のいる所の壁の下に、髑髏を集めるほどよい、としている」のは誤りである、と使琉球録で強調している。




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